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zoom RSS 今回の大規模地震・・・自分にできることは? 頑張っていくしかない!

<<   作成日時 : 2011/03/16 00:50   >>

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この度発生した東北地方太平洋沖地震により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被害を受けられました皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。

地震発生の瞬間から、今に至るまで。
次から次に、悲惨な状況、心配な事態が伝えられています。
東京にいる私たちの生活も、停電の影響で、電車の大幅運行変更や食料品、日用品の不足という、今までに経験したことのない異常な事態が発生しています。

色々不便はありますが、大きな被害を受けた方のことを考えると、今自分や家族が無事であることを幸せに思い、感謝しています。

今日3月のツアーのキャンセルの連絡がありました。
この先にも4月5月のツアーがどうなるのか、今はわかりません。
こういう時だからこそ、自分にできることを今考えたいとも思います。


3月11日(金) 2時50分 私は仕事中でした。

私は、約60名(バス2台)のお客様と、箱根の駒ヶ岳ロープウェイの山頂駅に。
下山のために何人かとロープウェイに乗ったところで、大きな揺れ。
すぐに駅に戻るように言われました。そのときはしばらくすれば、ロープウェイが動いて戻れるだろうと思っていたのですが、30分、1時間たっても、待つように言われるだけ。
また地震があれば、この建物も安全ではないとの話もあり、一旦は外に出たものの、強い風で体温を奪われるので、また建物に戻り出口の近くに皆でかたまって、ひたすら待ちました。

1時間以上たった所で、係の方より山を自力で降りてもらうとの指示。
2ルートあるが、早く降りれる方は雪で閉ざされているので、点検用の道を1時間ほどかけて降りるとのこと・・・
60名の中には、お子さんもいればご高齢の方もいる。
でも、山にずっといるわけにもいかないので、下山を皆に説明するしかない。やるしかない。
皆は、事務室のテレビで大地震が日本で起こった画面を見ていたので、不平をいう人もなく従ってくれた。

いざ降り始める。道と言っていたが、これは道ではない!雪の斜面。風も吹きさらし・・・
革靴の人は歩くことは無理。枯れた笹につかまりながら、おしりをついて降りるしかない。
薄着の人もいて、手足の震えが止まらない人もいる。
私はセーターと厚手のスーツだったので、私のジャンパーを使ってもらう。
まだ上にいるお年寄りが気になる。少し上がって戻ってみるが、なかなか見えない。
最後列は係の人がついているはずだ。まずは近くにいる人を助けながら降りよう。

早い人と遅い人がいて、だんだん人がばらけてきた。
降り始めたのは4時30頃にはなっていたので、だんだん暗くなる。
下から1本目の鉄塔までついたときに、降りる道がわからなくなる。
30人位が、係の人が懐中電灯を持ってくるまでまつことに。皆に少し苛立ちも見え始める。
安全が一番、もう遠くない。もうすぐ人が来る。そう皆に伝えるしかできない。
はじめて恐怖感がおこる。

数人が懐中電灯で到着。その電灯で照らしながら降り始める。
ここからは、今までにもまして急な坂道。
足を折ったばかりで、なかなかすすめないご婦人と一緒に降りる。

途中でレスキュー隊と会う。まだ上にいるグループにご高齢の方も含めて10名以上いるはず。
彼らになんとか早く下してほしい。

自動車の音が聞こえた。
やっと、下までたどりついた。

先に降りたほとんどの人は、バスの中で待っているそうだ。
一緒に降りたご夫妻と車で駐車場まで。

バスの中は暖かく、ロープウェイの会社と下にいたガイドさんの用意した
とりあえずの食料が、渡されていた。

最後のグループも戻ってこれた。下り始めてから4時間ほどかかっていただろうか。

上に残った人の中には、結局降りられなく山頂駅に残った人がいるらしい。
大丈夫か気になる。英語を話す人は上にいないので、もうひとりのガイドさんが、電話ではげます。

携帯電話が通じなく、会社となかなか連絡がとれない。
公衆電話で会社となんとか連絡をとる。

最初はバスで何とか戻る指示だったが、都内も大渋滞とのこと。
部屋を何とか手配してもらい、急きょ全員で宿泊。ただし、部屋に限りがあり家族、グループごとには部屋がない。
なるべく公平になるように、急遽部屋割り。
ありがたいことに、深夜にも関わらず、暖かい夕食が手配され、ホテルで皆で食事。

疲れ果てて部屋に入ったのは、午前0時はすぎていた。

あとでわかったが、もう1台の早く出発したバスは、東京に戻り全員ホテルに送り届けたのが、朝の5時になっていたそう。
日光と、鎌倉のツアーも同じだったらしい。

下山は大変だったが、私たちは宿泊できてよかった。

翌朝、もうひとりのガイドさんは、ヘリで助けられる山頂の家族と帰るため、私は2台のバスのお客さんと
小田原駅に向かい、新幹線で東京にもどる。

全員をホテルに送れなかったので、混乱した東京の交通網で皆がちゃんとホテルに戻れたのか、そして無事に帰国できたか気になる。

帰りの電車の中で、急に疲れがでて爆睡して家に戻った。12時過ぎだった。






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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
のんきさん!!
お疲れ様です。そして・・・ものすごい大変でしたね。びっくりしました!!全然のんきにしてられませんでしたね(笑・・・笑いごとじゃないか・・)
ちなみに・・・もちろん外国の方々をご案内中だったんですよね??
緊急事態にも英語で対応・・・通訳ガイドとして、大変ながらも貴重な体験をしてしまったのですね。これはきっとのんきさんの大きな財産になりますね。
考えようによっては、東京で働いていた人間よりも大変な経験をされましたね。ガイドとして立派に役目を果たされたことに敬服します。
お客様、のんきさんもご無事で本当によかったですね。またお会いしたときにお話し聞かせて下さい。
本当にお疲れ様でした。
ましゃほん
2011/03/16 12:39
ましゃほんさん
暖かい言葉をありがとう。
私の大変さは被災者に比べたら比べものになりませんが、とにかく皆さんが無事で戻れてよかったです。
これを機会に、通訳ガイドとしての危機管理についても、よく準備しておこうと考えました。
かお のんき
2011/03/16 13:12
大変でしたね。本当にお疲れ様でした。本当に日本は大変なことになっています。
のぶちゃん
2011/03/16 21:41
のぶちゃんも大丈夫でしたか?とにかく被災地の皆さんが一刻も早く普通の生活に戻れることを祈ります。春はほとんどのツアーがキャンセルになったので、自分に出来ることがあれば、やりたいと思います。
そうそう、仙台の松本ガイド無事だそうです。本当に良かったです。
かお
2011/03/17 13:37
本当にお疲れ様でした、としか言いようがないですね。でも通訳ガイドにとって大変なのはこれからですね。諸外国は放射能に過剰反応していますし、今後どれだけ訪日くださるかたがいるか。。。全くわかりませんね。
なぽ
2011/03/18 23:23
なぽさん
ねぎらいのお言葉、有難うございます。
本当に大変なのはこれからです。こういった天災があると、通訳ガイドは、仕事がまったくなくなります。これから、訪日外国人がいつ戻ってくるか、先行きわかりませんね。来るべき次の出番に向けて、頑張るのみです。
かお
2011/03/20 23:48

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